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まともバカ―目は脳の出店 (だいわ文庫)

まともバカ―目は脳の出店 (だいわ文庫)
養老 孟司
まともバカ―目は脳の出店 (だいわ文庫)
定価: ¥ 780
販売価格: ¥ 780
人気ランキング: 110644位
おすすめ度:
発売日: 2006-09
発売元: 大和書房
発送可能時期: 通常24時間以内に発送

首尾一貫している養老節
白日社 脳と自然と日本 2001、手入れ文化と日本 2002 を文庫化。

基本的には養老ワールドに変化は無い。脳が化けた脳化社会になり、「知」は若い人たちにはノウハウになっている。
自分が育って来た様に育てないことが「進歩」になっている。
人間にとって自然が遠ざかると、人間の家畜化が起こってくる。
社会は「考えない前提」を置いてきている。
都会では女、子供が損です、それは、より自然に近いからです。
ああすればこうなる、こうすればああなるといってものごとを進めていくことを、私どもは「進歩」と長いあいだ呼んできました。それはそれでいいのですが、じつは人間の一生は、それだけじゃない。なぜならば、人の一生そのものは、ああすればこうなると明らかに決まっていません。

養老先生の考えとますます逆方向に進んでいる様に見える日本。
「考える」事の重要性を考えねばなるまい。

脳味噌の重みづけ
講演録とは言え、かなり気合いの入った内容です。
それでも、難しくはなく、今まで書いてきたこと、喋ったことの反復です。
そういうわけで、同じ内容が所々重複してしまうということも起こります。
この人の感覚は、何かに似ている、そう、ビートたけしである。
ナチュラルに構えていこうということ、つまりは諸行無常を謳っている訳です。

バカの壁より良書です
広義の「文化」の表象形式を「無意識的表現」と「意識的表現」に分類することから始まる。「無意識的表現」を、戦後劇的に縮小してしまった「身体的表現」である「型」とおき、「意識的表現」を言語表現の意識的部分、すなわち「シンボリックな言語表現」とおいて話を進めている。これは著書の弟子的存在である斎藤孝と同様のアプローチだ。「文」→「武道」→「ボディビル」→「生首」、このような三島の表現形式の推移こそが「意識的」から「無意識的」に変化する具体例であるとしているのは明確で分かりやすい。この観点から頭脳集団として知られたオウム真理教信者の「身体性」の欠如へと話を進め、意識と無意識の均衡が崩れることへの危うさに警鐘を鳴らす。無意識的なものを生物としての「自然な状態」とし、意識的なものを「特殊な状態」とすることで、「意識」は「非意識」の従属的なもの、と両断しているのはいかにも科学者らしい。フロイト、ユングの”それ”とは大きく異なるこの姿勢は、はじめこそ違和感が生じるが、至る所にちりばめられている論拠を読み落としさせしなければ、その姿勢の正しさに目からウロコが落ちるはずだ。このあたりのことは人工知能工学全般、その中でも「フレーム問題」に通じるところがあり、科学的にも精神学的にもある程度の落としどころとしてしっくりとするはずだ。「バカの壁」以外著書の作品を読んでいない方には多少難解な箇所もあるかもしれない。しかし、著書の長年の主張が存分に詰まった集大成的作品と言っても過言ではない作品であり、是非多くの人に読んでいただきたい良書である。



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